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セルフリライアンス〜もっと自分を好きになる方法

自己受容エバンジェリスト。元アパレル勤務のアラフォーこじらせ女子・ミサキの、ダイエット、ファッション、メイク、ボディコンディショニングなどの体験記。コンプレックスを克服するためのライフハックなど。

自己否定のルーティン~アダルトチルドレン、私の場合④

アダルトチルドレン セルフイメージ

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こんにちは、ミサキです。
昨日からちょっと落ち込んでいます。
(またかよ、って感じですが…)

この落ち込み方、完全にルーティン化しており。
そこから抜けるために書き残しておこうと思います。

自己否定のルーティン① 身体が思い通りにならない

今回のキッカケは昨日の夜はのこと。
私は10年ほど前にダンスを始めてから身体を動かすことが好きになり、ダンスのレッスンの他にアクロバットの練習会を企画して主宰しています。

昨日は主宰の練習会があり、インストラクターの指導の元、メニューをこなしはじめましたが。
どうも、序盤からすでに気持ちが滅入りはじめたのが自分でもわかりました。

初めて来た人が自分より上手いと、起こりがちな現象。
「どうせ自分なんかダメだスイッチ」がオンになったのは、自分でもうっすら気づきました。

が。
以前はもうそれだけで「私なんか練習の邪魔にしかならない、お荷物だモード」になってダメだったのですが、「人と比べない」については少し耐性がついてきたので、そこはそれ以上悪化しませんでした。
これは、昨日唯一良かった点かもしれない。

しかし。
「どうせ自分なんかダメだスイッチ」はオフになりません。
与えられる課題をこなしますが、自分で全く上達してる感がない。
むしろ、後退してるんじゃないかとすら思う始末。(これは気のせいかもしれないけど)
毎回行なっている課題なのに、ちっとも進化しないのです。
だんだん、自分が何を練習してるのかもよくわからなくなってきて、今してることが何のためなのか見失いはじめました。

こうなると、実際ダメです。
イメージが不明確なまま練習しても、上手くなるわけがありません。
やればやるほど深みにはまるような感覚に、どんどん気持ちが落ちていきます。



「やっぱり出来るわけない」
「出来ない私は、使えない奴」
「出来ない自分が許せない」



落ち込むと、この3つの考えに支配されます。
すると、インストラクターの言葉は耳に入りません。
どこが良くなってると言われようと、3つの考えを持つそれぞれの私が全否定してかかるので、全く意味がありません。
練習会が終わる頃にはすっかり「どうせ私なんてダメだモード」に切り替わっており、暗い気持ちで年内最後の練習を終えたのです。


これ、昨日の練習会に限らず、ダンスのレッスンでもよく起こります。
昔受けていた歌のレッスンでも、似たようなことがありました。
不思議と仕事では、あまり起きません。


おそらく、身体を使った何かに取り組んでいる時なのです。
身体が思い通りにならないことで、良からぬスイッチに入り易い。

心と身体が、うまく繋がらないのです。

自己否定のルーティン② 頭ではわかってる

一連の感情の流れは、全く理にかなっていません。
そもそも、アクロバットなんてものがそう簡単にうまくなるわけないのです。
出来なくて、当たり前。
どんな事でもそうですが、身体を使って行うスキルが簡単に上達するわけがないのです。
それはわかってる。

しかも、インストラクターは「上達してる」と言っています。
実際、出来るようになった事もあるのです。
でも何か一つ、自分が出来なくて気にくわないことがあると、出来てることの価値はゼロとして考えてしまいます。
他に出来てる人がいたら、なおさらです。



「何でこんな事も出来ないの?」
出来ない事を、自分で責めはじめます。
責めながら練習し続けるけど、もちろん簡単に出来るようにはなりません。
焦るので、ますます出来なくなります。



「ほら、やっぱり出来ない」
「ダメだな、使えない奴」
責める気持ちは、徐々にあきらめに変わり始めます。
あきらめと共に、強烈な劣等感がやってきます。



私なにやってるんだろう。
こんなことしたって、無駄なのに。


この感情の流れがおかしいことも、何となくわかってはいるのです。



上達はしてる。
簡単に出来るようにはならない。
人と比べる必要もない。
好きでやってる事に、無駄なんかない。



全部、わかってます。
人に伝えれば、みんながそう励ましてくれます。
自分でも、落ち込む理由がない事も知ってます。


でも、気持ちが切り替わらない。
「自分なんかダメだ」という感情の波は引いてくれない。
落ち込みから浮上できない自分を、新たに責めはじめる自分まで現れる始末です。


自己否定のルーティン③ 無価値感、罪悪感

いい加減、このループから抜けたい。
そう思って、どうしてこんなに落ち込んでしまうのか考えました。
そしてたどり着いたのは。


もともと持っている「価値がない自分」というイメージに、合わせにいってるから。


私には、価値がない。
生まれてきて、生きていてごめんなさい。


そういう思いが、心の奥底にあるのです。




無価値感。罪悪感。
アダルトチルドレン(AC)にとって典型的な症状です。
アダルトチルドレンについては、過去記事にも書きました。
misakinha.hatenablog.com
misakinha.hatenablog.com
misakinha.hatenablog.com



では、この気持ちは、どこから来たのか?


私は、母親にとっては遅い子供でした。
今でこそ40代の出産は珍しくありませんが、私が生まれた頃はまだ一般的ではなかった。
しかも私は末っ子。
つまり、予定外の子供です。

そんなことは、珍しくありません。
全ての夫婦が、計画的に子供を作っているわけではないでしょう。
予定外で授かったときは、産むのを悩むのは当然です。

「産むつもりじゃなかったけど、家族みんなが喜んでいたから、とてもおろすなんて言えなかった」

子供の頃から母親に繰り返しこの話を聞いて育った私。
もちろん、「だからあんたなんか生まれてこなければ良かったのに」ではなく、「まあでも産んでよかったよ」という帰結の話です。
聞く度に、「まあ当然だよね、そりゃ大変だったでしょ」と思ってきました。
当時の高齢出産だった母親に同情しながら・・・。


否。


違う。
傷ついていた。

でも、傷ついてる事に、気づかなかった。


この話をされて、怒った事は一度もありません。
もちろん泣いた事も、抗議した事も。
でも、心の深いところで、私は傷ついていた。
「じゃあ、生まれなければ良かったの?」って、いつも少し思った。
それを繰り返し語られることで、私の無価値感と罪悪感は踏み固められてしまった。


このことに気づいて、途方に暮れました。

私は、この悲しみを癒さない限り、きっと前に進む事はできない。
でも、一人きりで抱えるには、あまりにもツライ。


吐き出すべき事がわかっているけれど、そのタイミングがつかめません。


心と身体の不思議

未だにわからないのは、身体を使ったときにだけ、この感情が強く現れるということです。
吐き出そうとした悲しみも、普段はなるべく考えないようにしているので、一見普通に過ごせます。

でも、身体を使うと、抑えが利きません。
今朝も、半身浴をしながらマッサージしていたら、この悲しみがとめどなく溢れて泣いてしまいました。
時間がないので、何とか気持ちをなだめて出てしまいましたが、このままだと毎朝のように泣く事になりかねません。

心と身体。
身体を癒せば心も癒えると思うのですが、自分一人では対処できる自信がありません。


悲しみを癒す、グリーフワーク

AC関連の書籍でも言及される、グリーフワークという作業があります。
グリーフ=嘆きを癒すプロセスのことで、ACはこれが正常に行われなかった事で無価値感などを持ってしまっているため、
振り返ってきちんと過去の気持ちを癒すというワークです。

これが、多分足りない。

ただ、一人で行うには負担が大きい作業です。
本来はしかるべき専門家の手にかかるなり、互助グループに行くなりすべきなのでしょう。
でも、いろいろな理由で、今は動けないのです。

せめて書き留める事で整理できればと、この記事を書いています。



どうやって、このワークに取り組んだらいいのか。
まだ見えませんが、書くことで何か変わると信じてます。




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