セルフリライアンス〜もっと自分を好きになる方法

自己受容ナビゲーター。元アパレル勤務のアラフォーこじらせ女子・ミサキの、ダイエット、ファッション、メイク、ボディコンディショニングなどの体験記。コンプレックスを克服するためのライフハックなど。

40歳の誕生日に、夢を語る〜カステラの法則

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こんにちは、ミサキです。

本日、40歳になりました。
遠い先だと思っていた40代に突入です。


この機会に、私の「夢」を語ろうと思います。

夢は「語る派」と、「言わずに実行派」に分かれますが、私は語ることにします。
理由は「カステラの法則」です。

「カステラの法則」とは


多分、元ネタはこれだと思われます。
いわゆる「引き寄せ」の一種だと思いますが、潜在意識とかスピ方面の話ではなく、非常に実践的な方法です。


こんな人を知っています。


あるマニアックな乗り物が大好きなM氏。
暇さえあれば全国乗り歩き、グッズを集め、趣味でその乗り物のHPも作り、その良さをことあるごとに発言し続けた結果。
自分で買う以外に、あらゆる知り合いから旅行のお土産にグッズを貰いまくり、コレクションは膨大に。
そして、なんと本まで出版し、テレビやラジオにまで出るようになりました。
好きでやっていたことを憚り無く言い続けた結果、専門家のような扱いをされるようになったのです。


ここまではいかなくても、「これが好き!」と言い続けてると、自然に身の回りに集まってきます。
強く言えば言うほど、たくさん。


私の場合、フィギュアスケートの髙橋大輔さんが大好きなのですが、Twitterfacebookで言い続けた結果、普段そんなに連絡を取り合ってなかった友人から「大ちゃんが載ってた業界紙、いる?」と送られてきたりもしました。
私=髙橋大輔さんというイメージが、周囲に出来上がったからでしょう。


そう、この「私=◯◯」が重要なのです。
これが「私=カステラ」の場合、ことある毎にカステラを貰うようになります。

「夢を語る」ということは「私=◯◯」の◯◯を語ることに他なりません。


「自己受容」を、もっと広めたい

このブログでも再三書いてきたのですが、私はずっと生きづらさに悩んできました。

性格の浮き沈みが激し過ぎて、落ち込む時に過度に落ち込み、その度に大事な人間関係を狂わせたりする自分に、諦めを感じてきました。


でも。
それには理由があることがわかりました。


自分がアダルトチルドレンだと知ってから。
自己肯定感が低いことを自覚して。
そのせいで拗らせた考え方がクセになっていることがわかり。
そのクセを治すには、まず「自己受容」だと確信したのです。


そのためのトレーニングは、まだ継続中ですが。
原因さえわかれば、対策ができます。


色々な対策を取り始めて、私は変わりました。
しかも意識してから、たった3カ月ほどで、自分でも驚くほどラクになりました。


こんなに早く変われるなら、本当はもっと早く知りたかった。
でも、まさか変われるなんて思ってもみなかった。


そして、ブログを書くようになってわかったのは、私のような生きづらさに苦しんでいる人は、思ったより沢山いるようです。
これは本当に新しい発見でした。


それなら。


私はこの「自己受容」という考え方を、もっと広めたい。
「自己肯定感」はよく聞くけれど、その前に「自己受容」が出来ていないと、それはウワベだけになって、自信に繋がらないはずなのです。

肩書きを作ってみました

「私=○○」のイメージを伝えるには、「自己受容を広めたい」だけだとインパクトが今ひとつです。

それなら、肩書きを作ればいい。
肩書きとは「私=○○」の○○の部分です。

広める人、すなわち伝道者(evangelist)です。
「自己受容エバンジェリスト
これを肩書きにしていきます。

実際、何をやるのか?

「自己受容エバンジェリスト」として、実際何をするのか?

ひとまず、このブログ。
ここが私の一番の基本です。
今まで書いてきたように、自己受容と自分を好きになるための方法を、発信し続けたい。
まだまだ落ち込むことも多くて、ネガティブな記事も多いブログですが、どうやって落ち込んだところから回復したのかを記録しておけば、また落ち込んでも役に立つし、似たような誰かのヒントになると思うからです。


他には。
身体を整えるイベント(すでに何回か開催してます)を行なったり。
読者様と会える機会を企画できたらなあと思っています。


さらに。
個人で相談を受けるセッションを行なったり、メールでもそういうことが出来たらいいなと思います。


誰かを救いたいなんて、そんな、ともすると傲慢な考えではなく。
役に立てたらいいな、というスタンスです。
アドラーでいうなら「他者貢献」。
誰かのキッカケになれたら嬉しいのです。

これからの私

ブログのスタイルとしては、おそらく今までとさほど変わらないと思います。
少しイベントの企画などが増えるかもしれません。

自己受容について、散々考えてきた、30代最後の日々。
40歳、それをどう活かしていくか。

新しい私、始めます!
よろしくお願いします^ ^

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誕生日プレゼント、遅れても受け付けてますよー(笑)

ブクマお返事

id:annwahahasa さま
ありがとうございます!ストール、気に入ってます^^
カステラの法則は、実現してる人たくさんいるのでオススメですよ!

id:haisentan さま
すごいビックリ!初めて同じ誕生日の人に会いました!ご縁があったとしか思えない(笑)
Ayumiさんのチャレンジも応援してます!!

id:privatecotte さま
cotteさんもですか!なるほどー、それは心強いです!
ショップページもたまに拝見してますが、素敵だなあと思っております^^

id:buzama-www_pipipipipi さん
うわー、ピピピさんからコメントなんて、嬉しすぎます!
ピピピさんは頑張らずにそのままでいて下さい^^
そのままで充分、すごい才能あると思ってます!

>id:undy-yuuさま
同年代ですね!足踏みしがちですけど、よくよく考えると、やらないことで失うものってほとんどないんですよね。どんどん発信してくださいね、楽しみにしています^^



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「人見知り」や「人付き合いが苦手なこと」は、治すべきなのか?

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こんにちは、ミサキです。

皆さんは、人付き合いって得意ですか?
初対面の人でも、気さくに楽しく会話できますか?
人見知りって、克服した方が良いと思いますか?


対面スキルは身につけることが可能

私は子供の頃から人見知りでした。
人見知りすぎて挨拶ができず、両親からよく怒られたものです。
(ここで怒られるのではなく、なぜ挨拶が大事なのか教わっていれば、また違ったような気もするのですが…)

そして、この性格は今も全く変わりません。
人見知りすぎて、大人数で見知らぬ人が多い飲み会とか、恐ろしくて仕方ない。


でも、こんな性格なのになぜかアパレル業界に就職した私は、接客という仕事を通して、人見知りを隠し、初対面でも会話を続けるスキルを習得しました。
初めての人でも会話を続けるには、いくつかのコツがあるのです。

  • 自然な笑顔を作るために表情筋トレーニング
  • 発声
  • 言葉遣い
  • どの方向から話しかけるか
  • パーソナルスペースについて
  • 話題に詰まった時の対処

などなど…。

接客や営業をやった人なら、おなじみのスキルです。


「営業や接客は性格的に向いてないからムリ!」という方もいますが、そんなことはありません。
これらはただのスキルなので、身につければ誰でも出来ます。
そのための練習をすればいいのです。
練習項目は多岐にわたりますが、やれば必ず結果が伴います。


挨拶すらできなかった私ですら、このスキルを身につけたおかげで、今では必要なら初対面だらけの交流会などにも行けますし、そこで挙動不審になることもないはずです。
接客で身につけた営業スマイルのおかげで、「感じがいい」という第一印象を持たれることも多いです。

根本的な「人見知り」は治らない

ただし、これらは自らが「営業モードON」にした時。
「営業モードOFF」の場合、本来の人見知りが炸裂。
さらに今までは「自己受容」が出来ておらず、極度に「無価値感」が強かったため、何となく怯えて挙動不審になることもしばしば。
今ではそこまでではなくなったものの、「人見知り」による「人付き合いが苦手」という感覚はなくなりません。

でも、これって無くした方がいいのでしょうか?

「人が嫌い」ではなく「人付き合いが苦手」な時がある

先日、こんな記事を見つけました。

omocoro.jp


爆笑。
でも、7割がた、私と一致してます。
(公園でお昼を食べたりはしません、寒いから。その代わり、休憩室で一人です)

前から知人が歩いてくると、ルートを迂回するとか。
すれ違いざま、気付かないふりで携帯を見るとか。
帰りが同僚と一緒にならないように時間をずらすとか。


あるあるある。


私は地元に行きつけの店を作らないようにしています。(やむをえない場合を除く)
なぜなら、普段その辺でばったり会うのが嫌だからです。
休みの日にスッピンで、どうでもいい服でスーパーに買出しに行くときに、知り合いに見られるなんて耐えられません。
営業モードOFFの時は、極力そっとしておいて欲しいのです。


そして、何よりこの記事で共感したのがこれ。

45:ネットで「人付き合いが苦手」で検索した結果

「苦手な人付き合いを克服する方法」とか「人付き合いが苦手じゃなくなる7つの考え方」とかわんさか出てくるんだけど、「人付き合いが苦手」って治さなきゃいけないことなの……?


そう。
これって治さなきゃいけないことなんでしょうか?


31:人が苦手なんじゃなくて、人“付き合い”が苦手

見知らぬ人に話しかけるのは全然平気。なぜなら嫌われても困らないから

46:とはいえ

これは人付き合いが苦手だからこそ身に沁みてわかるのだけど―

47:なんだかんだ人付き合いが人を成長させる

完全に人付き合いをやめてたら、今頃まともな暮らししてないだろうな……

48:人生を豊かにするのは間違いなく人と人との付き合いだと思う

本や音楽や知識は“服”みたいなもので、人付き合いってもっと肉体的に必要なもの


この辺にも書かれているのですが、「人が嫌い」ではなく「人付き合いが苦手」なのです。
OFFの時に立ち入られたくないし、一人でいることはさほど苦ではありません。


本当に治したければ、治せるけれど

もちろん、本当に人見知りや人付き合い苦手意識を治したかったら、多分治せます。
「人付き合いが苦手だ」という思い込みを手放せばいいのです。


でも。
対面スキルはあった方がいいけれど、人見知りは治す必要はあるのでしょうか?


「思い込み」はその人を形作るもの、「その人らしさ」でもあります。
人見知りは、言い換えればシャイで繊細とも言えますし、それは個性です。
必ずしも弱点ではありません。


それなら、治す前に受け入れてしまえばいいのでは?


もちろん、人見知りを逃げにして、ぞんざいなコミュニケーションをするのは論外です。
でもそうではなく、不器用でも相手に向き合おうとするなら、人見知りでもいいのです。


「人付き合いが苦手」はただの個性

「人見知り」「人付き合いが苦手」なことは良くない事のように捉えがちで、実際そのためのhow toも多く見られます。
でも、それ自体はただの個性です。
「そんな自分はダメだ」と思ってしまうことの方が、よっぽどダメだと思いませんか?


苦手でも、いいのです。
人そのものが嫌いなわけではないのですから。
一人でいるのが苦にならないということは、思索に時間を費やしたり、自分と向き合うのが得意とも言えます。
裏返せば、それは強みなのです。

どんな性格も、捉え方次第

どんな性格にも、表裏があります。
よく見える性格も、裏返せば欠点になることもあります。

大事なのは、その個性を良し悪しで捉えるのではなく、単なる特徴として把握し、認めることなのです。


あなたは、どんな性格ですか?

ブコメお返事

>自由ネコさん(id:gattolibero)
普通に迂回しますw スッピンだと特に顕著に行いますwww
マンションのエレベーターホールで、住民と一緒にならないように、郵便受けを念入りにチェックしてるフリとかしますよー。



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自分を変えるマジックワード〜「どうしよう?」ではなく「どうすれば?」

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こんにちは、ミサキです。

はてな村のお友達Ayumiさんから、Amazon欲しいものリストからプレゼントを頂きました!

超美人でかわいいAyumiさんの、自己との対話が素敵なブログはこちら。
www.amuharaliving.net

Ayumiさんオススメの「ライフ・ヒーリング」をリストに入れておいたら、本人から貰ってしまいました。
すごい嬉しい!!

今読んでるけど、やっぱり良さそうです!Ayumiさん、ありがとう!!


自分を変えたいって、思うことはありますか?

さて、今回は「自分を変えるためには?」というお話。
私は常に、変えたいと思ってきました。
自分をもっと好きになりたい、そのために自分を変えたい。
そのための方法を探るためにブログを書いていると言っても過言ではありません。


いろいろな方法を試してきましたが、昨日ある方から自分を変えるための「気づき」をもらえました。
簡単なのに、とても効果的!
その方法、ご紹介します。

「どうしよう」ではなく「どうすれば」

迷ったとき、悩んだとき。
「どうしよう」と思って、頭を抱えること、ありますよね?


「どうしよう」
このままじゃダメなのに。
「どうしよう」
こんなんじゃいけないのに。



考えれば考えるほど、悪い妄想の無限ループ。
気持ちは焦るばかりで、身動きが取れないことに泣きたくなったり。


でも、ほんのちょっと言葉を変えるだけで、このループから抜けられます。

「どうしよう」「どうすれば」に変えるのです。



「どうすれば」
このままじゃダメなのに。
「どうすれば」
こんなんじゃいけないのに。
「どうすれば」?



「どうしよう」を「どうすれば」に変えると、解決策を考える方に思考が動き出します。
「どうしよう」だと、いつまでも悩みのループから抜けないのに対し、「どうすれば」だとその先を考えなければ文章が閉じられません。




「どうしよう」
何度やっても上手くいかない。
「どうしよう」
どうせ私なんていつもこうなって。



「どうすれば」

何度やっても上手くいかない。
「どうすれば」
いつもこうなって…しまわないように出来るんだろう?


簡単な言い換えなのに、パラダイムシフトが起こせます。
言葉って、とても大事なのです。


他にもある、マジックワード

以前こんな記事を書きました。
misakinha.hatenablog.com

「変わりたい」とどんなに思っても、変われなかった私。
これが「変えたい」と思うようになって、ようやく変わることが出来たのです。


私の感覚では、


「変わりたい」=受動的
「変えたい」=能動的


という印象があったため、「変えたい」と思うことでようやく自分の意思で動き始めることが出来たのです。


他にも、愛読してる岡映里さんのブログにあった、「頑張ってね」を「頑張ってるね」に変えるだけで、メンタルが弱ってる人への励ましになるとか。
www.okimhome.com
これ読んだとき、すごいと思いました。即、使うようになりました。


言葉をほんの少し変えるだけで、全然違う結果や印象になることって、結構あるのです。


言葉選びは丁寧に

メールやブログなどの文章は、情報が文字に100%依存します。
だからこそ、言葉選びを慎重にした方がいいのです。
「頑張ってね」と「頑張ってるね」は、たった一文字の違いなのに、印象の違いがものすごく大きい。
誤字・脱字で済まされない話です。


メールで諍いが起こる場合、言葉選びにどこかで失敗してるケースが随分多い。
そんなつもりじゃなかったのに、必要以上に相手を責めているような印象になってしまったりするのは、大抵言葉選びの問題です。


例えば、この文章。
「この前みたいに忘れると困るから、ちゃんと確認してきて」

これ、対面で言われたら「わかった、気をつける」で済むと思いますが、メールだとちょっとキツく感じませんか?

「この前みたいに忘れると困るから、ちゃんと確認してくれると助かる」

これなら、キツさは感じません。
対面だとちょっと丁寧すぎるくらいの文にして、メールだとちょうどいいのです。
めんどくさい気遣いかもしれませんが、誤解される方がもっとめんどくさいし、もったいないと思いませんか?


言葉は思考を支配する

何かを考えるとき、ほとんどの人は言葉で考えます。
ということは、言葉一つで思考を変えることも出来るのです。

思考は、引き寄せです。
クリアな思考でイメージしたことは、いつか実現します。

つまり。
言葉で夢は引き寄せられる。
まさにマジックワードは存在するわけです。



言葉は、魔法使いです。
あなたもマジックワードを使って、自分を変えてみませんか?

ブクマコメントお返事

id:litoli さん
ほんのちょっとが、結構な差なんですよねー。

id:privatecotte さん
「~してくれると助かる」、使いますか~!これ、魔法の接尾語ですよね(笑)知るかっていわれたらそれまでですけど。
私もイラつくと悪態つきがちなので、気をつけます^^;

id:haisetan さん
そう、結局自分に返ってきちゃうんですよね。綺麗な言葉、いつも使いたいものです。




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無知は人を傷つけるのか?~人は違うという前提と、共感力について

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こんにちは、ミサキです。


無知って、人を傷つけると思いますか?

自分はそんなつもりじゃなかったのに、知らないというだけで無神経な発言をしてしまうことって、ありますよね。

それを指摘されて、とても落ち込んでしまいました…。


無知による発言が誤解を生む

私はペーパードライバーで、もう10年近く運転していないため、車のことが全くわかりません。
元々やや方向音痴のため、駐車事情や車で行きにくい場所、街と街の位置関係など、ドライバーには常識的にわかることが、冗談かと思うくらいわからないのです。

そのため、途中でピックアップしてもらうのに、とんでもない場所を指定しようとしたり、パーキングメーターの仕組みがわからずに長話して相手をヒヤヒヤさせたりということを、知らず知らずにやってしまうようなのです。

その度に、こちらはそんなつもりではないのに「ワガママ」とか「空気読めない」と思われるらしく、そのことを知った時かなりショックを受けました。

相手からしてみれば「どうしてそんなことがわからないのか?とんでもなく自己中で、全然ドライバーのこと考えてない」となるようです。

ところが、こちらは本当にわからない。
土地の位置関係なんて、行ったことある場所の、ほんの限られた部分しか理解してない。
家の近所だって、普段歩く道の1ブロック先の事は全く知らないのです。
東京で言えば、山手線の駅の位置関係すら危うい。生まれてからずっと東京育ちにも関わらず、です。

感覚として、「電車は一定時間乗ると、行きたい別次元に移動する箱」とでも言えばいいでしょうか。
自分で歩くなり自転車に乗るなりしないと、地続きなイメージが作れない。
街と街が別次元のような感じです。
当然、地図上でどの辺とか、ほぼわからない。

この感覚なのに「ワガママ」と言われると、自分の無知は悪いことのように思えて、悲しくて途方に暮れてしまいました。

人には、違いがある

この事についてずっと考えていたら、ふと気づいたことがあります。


自分(達)にとっての常識は、他人の非常識かもしれない。
そこにあるのは単なる「知っているかどうか」の差でしかない。


例えば、やたらと声が大きい外国人観光客。
こちらはマナーとして不快に思うけれど、あちらの国ではそれが普通で「日本では良くないこと」という自覚は全くない、とか。

男と女の考え方の違い。
地域によって、全く違う風習。
どちらが正しい・正しくないということは一切無く、ただ違いがあるだけです。


それなのに。


自分と違うことを、責めたり怒ったりする。
違いがあることを前提にしていないがために、知らないからわからないことさえも、悪いことのように扱う。
責められた方に自信がないと、わけもわからず「自分が悪かったんだろうか」と落ち込んでしまう。

どうしてこんなことが起こるのでしょうか?

認知とリフレーミング

どんな物事も、事実はひとつしかありません。
でも、主観は人それぞれなので、その事実をどう認知するかによって、物事は違って見えるものです。


例えば先ほどの私の場合。
待ち合わせ場所を「当初の場所の隣の駅前に移動したい」と話しました。
隣の駅はターミナル駅で、待ち時間を潰すためのお店が多くありました。
私としては「隣の駅くらい、車ならすぐだろう」と思ったのですが、ドライバーにとっては「あんな駅前が混雑したところに廻せなんて、わがままだ」と思ったそうです。

物理的に隣の駅は近い。
でも、隣の駅が持つ意味は、お互いこんなに違う。
これが認知の差です。


この差を埋めるのは、コミュニケーションとリフレーミングです。
なぜ私が隣の駅とわざわざ言ったのか?
「時間を潰しやすい」という理由を先に言えばよかったのですが、そもそも「隣の駅は近い」という事実から、説明を省いてしまったのです。
ここに第一のコミュニケーション不足が発生します。

一方相手は、私が隣の駅と言った理由もわからず、「あんな混雑したところを指定するなんて、わがままだ」という認知をしてしまいます。

ここで必要だったのは「どうして隣の駅なのか?」を確認するコミュニケーションか、隣の駅にする理由を推察するリフレーミングです。
「わがまま」という認知をいったん置いて、事実を捉えなおすこと(リフレーミング)こそ相互理解の一歩だからです。

ところが、双方でこれを怠ってしまいました。
結果として、「わがまま」と言われた私は傷つき、相手は私に対して「理不尽で自己中」というイメージを持ちました。

根本原因は、共感力不足

認知の差を埋めるのは、コミュニケーションやリフレーミングであることはわかりましたが。
この現象が起きたそもそもの原因は、そこではないとも言えます。


なぜ、コミュニケーション不足になったのか?
それは共感力がうまく養われていないからでしょう。


共感力は、長く孤独でいると衰えるそうです。
孤独もまた本人の認知なので、家族と一緒に暮らしていても孤独を感じる場合はいくらでもあります。
私の場合、自分を認める「自己受容」が出来ず、「こんな自分はいつか嫌われて当然」という認知に囚われていたため、心のどこかにずっと孤独感がありました。


孤独でいると、人から理解されることを半ば諦めるので、コミュニケーション不足になります。
コミュニケーションしなければ、共感力は衰えます。
相手の立場で物を考える機会が減ってしまうからです。
自分の認知に閉じこもって、ますます孤独になる一方です。


でも。
共感力は、訓練すればスキルアップするそうです。
はじめは失敗して、傷つくこともあるけれど、必ず上達する。
いわば、心の筋トレが必要なのです。


大切なのは「自己受容」と、「心の応急処置」

ここまで書くのに、実は自分の気持ちがどうしようもなく落ちてしまっていたのですが。
書いているうちに、やはり「自己受容」が根本原因だと思い至り、やれやれといった心境です。
長期課題として「自己受容」は絶対に必要なのですが、早急に必要なのは「心の応急処置」だとわかりました。


ここで、この本をご紹介します。
まだ読み始めたばかりですが、こういう「実践書」をまさに求めていました。

NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法

NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法

昨年末のTED「感情にも応急手当が必要な理由」で話題になったアメリカの心理学者ガイ・ウィンチの本です。
TEDに肉付けしたような感じの内容です。



心から何かを求めていると、必要な時に、必要なものが自分の前に現れます。
引き寄せって、多分そういうことなのです。
私の場合、「自分を変えたい」と思って以来、必要な書籍が絶妙なタイミングで手に入ります。
この本がなかったら、もう少し落ち込みは長引いただろうと思います。


心の筋トレ、きちんと取り組んで生きたいと思います。
孤独でいるのは、やはり寂しいから。




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美容整形モニターになって別人になった男の話~コンプレックスの解消で、人は変われるのか?

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こんにちは、ミサキです。

「自己肯定感の低さ」って、人によってどんな原因によるんだろう?とボンヤリ考えていたら、ある男のことを思い出しました。

その男は、美容整形で別人のような外見を手に入れました。
今日はその男のことを書いてみようと思います。

人生に迷うロッカー

彼は私が通っていたあるお教室の名物生徒でした。
彼は、レッスンがない時もよく教室にいたので、私とは本来接点がないのに顔見知りでした。

20代後半だった(と思う)彼は、一人暮らしのフリーターでした。
ブリーチしたロングヘア、夏でも革ジャンとヘビ柄のブーツを履いているような、10年近く前の当時でも絶滅危惧種のロッカーでした。
もっとも、「ロッカー」というのは私の勝手な思い込みで、そういうスタイルはもしかしたらメタルかもしれないしパンクかもしれない。
でも私には区別がつかないので「ロッカー」だと思っていました。


そう、私にはどうでもよかったのです。
なぜなら、私は彼のことがあまり好きではなかったから。

彼の話し方と、話す内容がどうにも受け付けられませんでした。
「コミュ障」という言葉がピッタリの話し方なのです。
今なら彼がADHDかも?と思えるのですが、当時の世間は今よりずっと多様性に対しての理解がなかったので、そういう人への知識も私には全くありませんでした。

当時の私は20代、しかも自意識過剰で出来ているアパレル業界勤務。(だからこそ出来る仕事でもありますが)
気持ち悪い話し方に、理解不能なセンス、しかも清潔感がない。
どこにも好意的に見る要素がないように見えました。


しかも人づてに聞いた話では、彼には随分年上の「彼女」がおり、彼女の呼び出しにいつでも応じる代わりにお小遣いを貰っているという。

つまり、ヒモ。


その生き方、全く理解できない。
フリーターだが夢があるわけでもなく、女からカネを貰って生きているような男は、当時の私には価値のない人間にすら思えたのです。

ロッカー、美容整形モニターになる

ある日、こんなウワサを耳にしました。

あのロッカー、整形したらしいよ。
しかもビフォーアフターを雑誌に載せるモニターになる代わりに、顔面フルコースでやったらしい。
普通にやると、100万は下らないくらいのいじり方だってさ。


その彼は、今度教室の飲み会に来るらしい。
誰もが、その整形後の彼を、怖いもの見たさで待ちわびました。


「でも、そんなに顔面全部いじってたら、誰だかわかんないんじゃない?」なんていう人もいたりしたけれど。
そんな心配は無用でした。
なぜなら、印象がまるで変わらなかったのです。

現れた整形ロッカー

会場に現れた彼は、スッキリめのイケメンになっていました。
鼻筋はスッと通り、腫れぼったく見えた一重はくっきり二重に。
だらしなく見えた口元も締まってます。
髪は今風に切られ、さわやかな印象。

だけど。

どうもモヤモヤする。


顔は確かに変わった。
前は確かにどちらかといえばブサ顔だったけど、その面影はない。


でも。
私はしばらくして、そのモヤモヤの原因に思い当たった。


根本的に何も変わってない。


まず、服が同じ。
革ジャンこそなかったが、ブーツはそのままだったし、よくわからない柄の謎でハードなシャツも、確かに彼のセンスです。

そして何より、しゃべり方は何ひとつ変わってない。

そのせいで、全く印象がリフレッシュされないのです。
話す内容も卑屈でめんどくさくて、せっかくのイケメンが台無し。

「意味ない!整形しても意味ない!」

酔った私は本人に聞こえる音量でそう話し続け、当然本人の耳に入り、キレた男に殴りかかられそうになったらしいのですが、周りの静止が素晴らしかったのか、私はそんなこと全く気づきませんでした。


私も相当ひどかったと思うけれど、整形までして自分に自信が持てないのはどうだろう?とは正直思うのです。
でもきっと、彼からしたら、そこにすがるしかなかったのでしょう。

その後のロッカー

それ以来、彼を見たことはありません。
風の噂で、大阪に行ったらしいと聞いたけど、真偽もよくわかりません。
でも、もし人生をリスタートするなら、過去を知る人がいない土地の方がいいだろう。
ボンヤリそう思ったことは覚えています。

コンプレックスは根本的原因ではないのかも

この話に教訓があるとすれば。
身体的なコンプレックスは、自己肯定感の低さの根本原因ではないということ。
恐らく彼もそのことに気づかずに整形したのでしょう。

でも、整形しても、彼は彼のままだった。
劇的な方法でコンプレックスを解消したのに、根本的な自信のなさは無くならない。
だからこそ、私に殴りかかろうとしたのでしょう。



私は整形を否定するわけではないのです。
よくテレビで、整形して変身するバラエティーをやっているけれど、そこに出てくるような、人から二度見されるような変わったパーツを持って生まれてしまった場合、それを無くすことで前向きになれることもあると思います。
プチ整形程度なら、美容や化粧と同じ感覚かもしれない。

でも、人相がまるで変わってしまうような整形をして、果たして本当に「なりたい自分」になれるでしょうか?


…恐らく、ほぼ不可能です。


人相が変わるほどの整形は「別人」になることを意味します。
それはつまり、今までの自分を完全に否定することです。

そんなことが、果たして出来るでしょうか?


恐らくほとんどの人は、今までの自分を否定する過程が耐えられないはずです。

コンプレックスに悩む人が本当に望んでいるのは、自分を認め、受け入れられるようになること

この事実にたどり着ければ、そこから人は変われます。
身体的コンプレックスと自己肯定感の低さは、イコールではないのです。


ただ、この二つは密接に繋がっていたり、絡まっていたりするので、違いを見極めるのがとても難しい。


でも、見分け方はもちろんあります。
それは、コンプレックスが解消した自分を出来るだけ具体的にイメージしてみること。


現実的に実現可能かどうかは、考えません。
ただ、イメージする。想像する。コンプレックスがなくなった自分を。
その自分がどう振舞うのか。何を考え、何を感じるのか。


それが「なりたい自分」と一致していたら、そのコンプレックスは解消すべきでしょう。
くっきりした二重になった自分を想像し、そうなることが心から幸せだと感じられるなら、二重にしたらいいのです。
痩せた自分が最高に好きになれそうなら、ダイエットすればいい。



でも、もしうまく想像できなかったら?
その場合、自分が思っているコンプレックスは、根本的な原因ではない可能性が高いのです。
ちなみに整形ロッカー氏も、どちらかといえばブサ顔でしたが、二度見するほどのブサではありませんでした。
どちらかというと清潔感の無さが問題で、整形しなくても改善できる範囲内だったように思います。
ただ、誰も彼にそう告げる人がいなかったのでしょう。


必要なのは、自分を見つめる勇気

結局、いずれにせよ必要なのは、自分を徹底的に見つめることなのです。
今感じている卑屈さ、みじめさ、劣等感の原因が何なのか、それを突き止めなければ、いつまでも変われません。

身体的コンプレックスのせいにするのは、ある意味「逃げ」です。
自分の意思で選んだのではない身体を呪い続けることで、変われない自分を正当化することになりかねません。

問題は、これからどうするか。
与えられた物を最大限活かすには、どうしたらいいのか。
そのためにはまず、自分を徹底的に見つめ、知ることが必要です。



今なら、彼にそう言えるのですが。
あの時はわからなかったこと。

だから、彼の予備軍に伝わるといいなと思って、書いてみました。
彼はどうしてるかな。幸せになっているといいなあ。










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仮想とリアルの融合〜例えばこんなオフ会のススメ

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こんにちは、ミサキです。

メンタル系はてなブログ仲間のAyumiさんと、ランチオフ会してきました。
Ayumiさんのブログは自分の今を真摯に見つめていて、いつも共感と励ましをもらえるのです。
Ayumiさんのブログはこちら。
www.amuharaliving.net

ランチオフ会は「たまな食堂」で

Ayumiさんのようなかわいらしい女子とランチなら、というわけで、女子らしいオシャレオーガニックレストランを目指したのですが、すごい行列!
さすがに待てないので、候補の中にピックアップしてあった別のお店に。

「たまな食堂」「有機野菜と発酵食の健康レストラン」を謳っているだけあって、なんとも身体に優しいお食事が魅力。
お野菜と玄米ご飯の素朴な美味しさが、とてもいい。
オシャレというよりは落ち着く店内は、客層も落ち着いていて、男性もチラホラ。
結果としてこちらで大正解でした。
「素材が良いもの、身体に良いものを、感謝して頂く」という雰囲気を感じます。
nfs.tamana-shokudo.jp

美味しいだけじゃなく、身体に良いものを頂くことは、自分に優しくすることでもあります。
後から考えると、私たちのテーマ「自分を受け入れて、もっと自分を好きになる」にはもってこいだったかも。

頂いた「たまな定食」、美味しかった!

アフターランチはcafe風花で

お食事のあとは、近くにたまたま見つけたcafe風花でお茶。
www.kaza-hana.jp

森の隠れ家のような外装、店内も森の中のようで素敵。
ハーブティーの種類がすごく豊富です。
ここは穴場かも。
ベイクドチーズケーキ、美味しかったです。

プレートにチョコで描いてある花がカワイイ。

初対面の印象

元々ブログでコメントなどをやりとりしていたので、初対面の抵抗感はあまりありませんでした。

Ayumiさんとは年齢ギャップがひと回り以上あるため、退屈させてしまわないかな?と心配していましたが、多分大丈夫でした(よね…?、笑)
綺麗で可愛くて、まだ20代で、素敵なご主人がいて、人から見れば完璧に幸せに見えるのに、全然奢ったところがなくて、自分の課題に真剣に取り組んでいて、話していても本当に聡明で、素晴らしい方でした。

お互いにブログで顔出しをしてるのも、安心感に繋がったように思います。
文章から予想はしてましたが、とても気配りできる女性で、やや控えめにすら見えるのに、きちんと自分の意見もしっかりお話しされるところが本当に素敵。
お会いできて良かったです!


最後にパチリ☆


オフ会の良かった点

メンタル系の悩みというところで、共通したテーマのブログを書く私達。
近い友人などには話しにくいことも、迂回することなくどんどん話せるのが、何より気持ち良かったです。
アドラーアダルトチルドレン、カウンセリングという単語を、全く気遣いも抵抗もなく使って話せるというのは、考えてみれば初めてのことだったかもしれません。
初めて会ったにも関わらず、深いテーマで話し続けて、解散の頃にはすっかり仲間のような気分に。

ネット上の交流だけでも、本当にお世話になってるなあと思ってはいましたが、リアルでお会いしたことでより仲間意識のようなものを強めることが出来たと思います。

仮想とリアルを融合させて、奇跡を形にする

仮想と、リアル。
人によっては、ブログ上で別の人格を演出していることもあるでしょう。
あるいは、リアルで吐き出せないものをブログに書くことで、何とか自分を守っていることも。

でもネットの先には、やはり生身の人間がいます。
仮想現実といいつつ、それを綴るのはリアルで生々しい人そのもの。


それなら、惹かれる人には、一歩進めて会ってみたら、世界が広がると思うのです。
今回のAyumiさんとのオフ会のような、一対一でなくてもいいのですが。
共感しあえる人たちとリアルに会えたら、それってすごい運命的な出会いになるような気がします。

ブログやネットがなかったら、絶対に会うことがなかった人。
でも、この数えきれないほどあるブログの中から、たまたま見つけて、読むようになった。
それだけでも奇跡的なこと。
ならばその奇跡を、リアルに会えたら、もっと確固たるものに変わるんじゃないだろうか?

そんな風に思うのです。


人数少なめでランチ会とか、私はやってみたいのですが。
需要、ありますかね…?





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死にたくなる理由〜アダルトチルドレン、私の場合⑤

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こんにちは、ミサキです。




たまに、死にたくなることがある。


とはいっても、行動に移したことはない。
せいぜい浅くリスカするとか、刃物を持って死ぬと脅すとか、そんな程度だ。
こんなものは「死のうとしてる」うちには入らない。
どちらかというと「私なんかいらない」という感じに近い。



では、何でこんなことになるのか。



きっかけはいつも、本当に大したことではない。
共通しているのは、自分が心を傾けている人から、何かを指摘されたり、咎められたりした時。
相手は恋人だったり、先生だったり、色々だ。
ひどく怒られるというのではなく、相手が自分のためを思って、ちょっとたしなめる程度のことがほとんどだと思う。


それなのに、そんな時はいつも、私はひどく過敏に反応してしまう。
まるで自分の全人格を否定されたように感じるのだ。
些細なことであればなおさら、そんなことにも気づけなかったことが致命的に思えてしまう。


私なんか、いらない。
この世に、無駄な存在。
人に迷惑ばかりかけて、生きてても邪魔なだけ。


そういう気持ちで、胸がいっぱいになる。



かといって、実際に死のうという気力がない。
本気で死のうとすれば、それはかなりのエネルギーを使わねばならず、そこまでのエネルギーがない。
だからジタバタと適当に暴れて、この悲観でいっぱいになった心を誰かにぶちまけては、どうせ私なんか一人で生きるしかないんだと言って泣く。
迷惑この上ないし、言った方はまさかそんなつもりじゃないから、ただ驚いて困惑するばかりだ。
言われた人のことを思うと、本当に気の毒でならない。



そういう時、いつもよぎる考えがある。
親が死ぬまで生きる。
親が死んだら、私も死ぬんだ。
だって、私が死ぬことを本当に悲しむのは親だけだから。
あの人たちを、悲しませたくない。



私の13歳年上の兄は、もともと病弱に生まれ、26歳で死んだ。
脳溢血で、あっけなかった。
当時中学生だった私は、兄の死そのものよりも、焼き場で泣く両親を見たことのほうがつらかった。
子に先立たれる、親の悲しみ。
この人たちに、もうこんな思いを二度とさせてはいけない。
私はその時、無意識にそう決意したようだ。



だけど一方で、私がことあるごとに無価値感の発作に襲われ、死にたいと取り乱す原因もまた、おそらく両親なのだ。
兄と、やはり年の離れた姉がいるが、この二人は両親にとって手がかかる子供だった。
幼い私は、それを敏感に感じ取り、出来るだけ手がかからないように振舞った。

他にもいろいろ原因はあるが、こうして典型的なアダルトチルドレンになった私は、大事な人の迷惑にならないようにと思うあまり、
冒頭のように爆発してしまうことがあるのです。

misakinha.hatenablog.com

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まるで爆弾のような私。

しかも、大事に思う人にだけぶつけてしまうという厄介な爆弾なので、まともな人間関係が築けない。
自分を信用できないから、人のことも信じられず、些細な言葉が裏切りのように思えてしまう。


ウンザリする。心底。


随分とメンタルトレーニングをしてきて、だいぶマシになってきていたのだけど、やはりまだ発作的に現れてしまう。
こうして冷静になれば、その原因もわかるのだけど、感情に支配されてしまうと頭の中が暴風雨のようで、正しい回路が見つけられなくなってしまう。


もっと、自分を受け入れたい。
もっと、自分を信用したい。
もっと自分を好きになって、自分と同じように人を好きになりたい。


今はただ、そのために日々覚悟を決めるしかない。
今までしてしまったことは、もう取り返しがつかないかもしれないけど。
40年近く私を縛ってきた鎖の強固さに、今はただ、ため息をつくばかりだ。




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